壮絶,うつ病闘病日記,妻の浮気妊娠,自殺未遂

人生の道を間違えた男の生きざま。うつ病発症して、妻に浮気されて、二度自殺未遂まで起こしました。挙げ句の果てに、生きてる価値無しと言われちゃいました。

壮絶うつ病闘病日記4章,妻の浮気妊娠,自殺未遂

*****第4章*****

まず、この3年間で8キロ痩せました。朝ご飯は、喉を通らないのと、昼ご飯は、義父に言われた通り、5分以内で終わらせる為、妻に、おにぎり2個だけ作ってもらい、食べてました。

夕飯は、心身の疲れで、ほとんど食べれません。痩せても、おかしくないですね。

あと、体の異変にも気づきました。仕事をしている時に、ハッと思ったのですが、空調が効いている所で、生汗が、異様に出る事に気付きました。気にせず仕事を続けてましたが、今度は、自分の手が震えだしたんです、
「えっなんでだろう?」と思いました。色々考えてみました、震えるという事は、体温低下じゃないかと、でも、汗を異様にかくってことは、逆に体温が上がってるという事?よく、わかりませんでした?気にしないよう、数日間、仕事を続けました。

今度は、身体が、いつもより、怠い事に気づきました。そして、下痢をするように、なったのです。下痢は、だんだん酷くなり、多い時で、10回以上トイレに行ってました。正露丸や胃腸薬を飲んでも止まりません。でも、不思議な事に、下痢は、夕方になると、止まります。休みの日も、下痢は、しませんでした。

休みの日に、(接客業なので休みは、平日です)胃腸外科にいきました、医師に生汗、手の震え、身体の怠い事を話して、下痢は、夕方と休みの日は、治まりますと話しました。それで、小腸、大腸のレントゲンを撮る事になりました。結果は、全くの異常無しです。
医師から、「家庭とか仕事上でストレスとか感じる事は?」と聞かれたので、私は、「はい、仕事でストレスを感じてます」と答えました。病名は、(過敏性大腸炎)と言われました。この、病気は、環境を変えないと、中々治らない病気だと言われ、(神経科受診)を勧められました。
でも、休みの日は、忙しくしてたので、中々、神経科の病院に行けないでいました。
それから、身体に別の色々な症状がでるように、なったのです。
自分で感じる症状と妻から見て、おかしいと言う点を書いてみます。

まず、自分で感じる症状書きます。
(頭痛、強い肩凝り、目の痛み、不眠、下痢、胃痛、手の震え、怠い、生汗、食欲不振)
妻から見て、おかしいと思う点
(口数が少なくなった、ぼーっとしてる時がある、たまに一点を見つめてる、顔色悪い、別人みたい、かなり痩せた)

妻からの強い勧めで、総合病院の神経科を受診する事にしました。

診察室から名前呼ばれ診察室へ入りました。年老いた医師の先生が、私の目を、じーっと見て、開口一番、【あなた、鬱があるね】
えっと思いました。

それから、医師に仕事での出来事と、症状を話したら、医師から、「医者の立場から言わせてもらいますけど、原因は、義父さんですね、原因が、ハッキリしてるから、義父さんと、離れなさい」それから、「即入院して下さい」と言われました。

しかし、入院したら、義父になんと言われるか、怖かったので、入院は、拒否しました。医師は、私を入院するよう説得して頂いたのですが、私には、入院する勇気が、ありませんでした。1週間分のクスリを何種類か、もらい飲んでみましたが、頭や足が、フラフラしたり、かなりの眠気が、あったり、自分が、自分じゃないみたいな感じがしました。仕事にならないので、2日だけ飲んで、あと、飲むのを止めました。

1週間後、再度病院に行き、医師に「仕事にならないので、2日しか飲んでないです」と言ったら、医師は、「初めてだから1番軽いの出したんだけどなー、1週間したら、クスリに慣れるから、飲まなきゃだめですよ」との事でした。それから、毎日飲むようにしたら、本当に1週間ぐらいで、クスリに慣れました。
それから、クスリが、徐々に強いものに変わっていきました。

妻が、私の病気を義父義母に話しました。又、私に無断で、私の父母と兄弟達に話してました。
ある日、母から電話が、有り、義父義母に、ちゃんと話すから、仕事辞めて、故郷に帰ってきてと言われました。【母は電話口で泣いてました。】

でも、義父は普段と変わらず、厳しい事を、相変わらず言ってきます。
ある日、義父が、機嫌が悪いのか、私や、従業員に対して、当たってきます、私が、にらむと、
義父は、とんでも無い事を言ってきました。

【なんだ、その目は、鬱病だか精神病だか知らねーが、そんな病人、生きてる価値無し】と、吐き捨てたのです。
私だけのメッセージなのか、鬱病の人、全員に対してなのか、私には、わかりませんが、私は、怒りを、堪えるのに必死でした。
今でも、この言葉だけは、許せません。おそらく、一生忘れないでしょう。後で書きますが、もっと
酷い事を言われてます。

日を追うごとに、私の病気は、悪くなるいっぽうです。
妻も、「どんどん酷くなってるよ」と言われます。
妻は、仕事を変えてほしいと、以前から何度も言ってました。しかし、私は、病気を素直に受け入れ、何が、あっても、逃げない、又、苦しみも、悲しみも受け止めると誓いました。義父は、65歳で、事業を私に引き継ぐと約束してますから・・あと4年、あと3年、あと2年と、時間が、早く経ってほしいと、いつも、思ってました。悪い事の後には、必ず良い事が待っている。何故なら、65歳で義父が、職場から、いなくなるからです。

第5章に続く